2015/10/24

海外特別研究員の諸注意

【はじめに】
海外でポスドクをする場合、海外機関に直接雇ってもらうのが一つの方法です。海外機関に直接雇われるには、海外で博士号をとるのがベストです。5年間の研究生活のおかげで、教授からの信頼が得られるため、ポスドクとして雇ってもらいやすいです。人件費の観点で、博士号取得の延長を打診されることもあります。学生よりもポスドクの方が待遇がいいですが、切られやすくもあるので、どうするかはご検討を。後、米国企業への就職を考えている方もビザが問題となるので、海外特別研究員としてではなく、米国大学を修了して(Fビザ)そのまま米国に残るのが最も容易です。

米国のポスドクの給与は400~700万円程度で、スイスでは1000万円です。米国では、毎年昇給確認があり、3段階評価で優秀と評価されれば、毎年1%給料が上がります。これらから税金が引かれるので手取りはもっと少なくなりますが、保険代や研究費などが、受入機関から出してもらえます。国内で博士号を取得した場合は、よほど親密な関係がない限り、fellowshipの確保が最有力となります。Fellowshipがあればどこの大御所の研究室でもポスドクとして受け入れてくれます。

日本におけるfellowshipで最も好待遇なのは、海外特別研究員(通称、海外学振または海特)です。契約期間は2年間で、年収520万円。国内の研究機関のポスドクと同程度の給与です。海外在住で、かつ雇用関係がないので、日本で住民税も所得税も国民健康保険料も支払う必要がありません。つまり、年収がそのまま手取り額になります。採用率は博士取得者(ポスドクだけでなく教授、准教授を含めて)の15%程度(内10%が面接免除)で、海外のfellowshipと同様、かなり競争率が高いです。

オススメの本:
 研究留学のすゝめ! 〜渡航前の準備から留学後のキャリアまで
 バッタを倒しにアフリカへ (前野ウルド浩太郎)


【海外特別研究員制度の諸注意】
海外特別研究員は、海外でポスドクをするかけはしになるため、とてもありがたい制度ですが、何点か気をつけておかないといけないことがあります。

 ☆注意1☆ 保険代、引越代や住宅手当がありません。旅費も一往復分のみ。子供は大人の倍の保険代が必要であり、家族で渡航すると保険代だけで月10万円くらいする場合があります。ハーバード、MIT、スタンフォードなど、ボストンやサンノゼに住む場合は、平均家賃が月20万くらいします。保険代も含めて、全て給与から支払う必要あります(場合によっては、保険代は受け入れ先が支払ってくれることもあります)。外食も日本の倍くらいします。さらに、幼稚園・小学生の子供がいたら通園に・・・月収45万円は一見高収入のように思えますが、海外で研究・生活をするのに最低限の金額と言えます。家族がいる方は、現地の大学の保険加入がお勧めです。

☆注意2☆(平成30年度から大幅に改訂されたようです)他からの収入をもらうことができません。これにより、海外特別研究員の収入よりも既定の最低年収が高い、アメリカの医学関連(NIH)やスイスでは、受入れてもらえない場合があるようです。つまり、特別研究員の給与は、一部地域では、海外生活するのに不足しているということです。応募前に要確認です。どうしても行きたければ、国内に所属を持つことが一つかと思います。日本の大学からの給与を足せば、最低年収を超えるはずなので。

 ☆注意3☆ 国内の科研費が取れません(※これも問題なくなっているようです→ココ参照)。学会費用や渡航費、論文投稿費、研究活動費などを確保するため、申請が通れば、すぐに海外の研究費(グラント)に応募することを推奨します。そこから家族の保険代にあてることも可能です。軍関係はグリーンカードが必要ですが、下書きを自分で記入してボスの名前で出させてもらうのが一つです。派遣先機関の会計アカウントを通じて、物品を購入できます。海外から購入・納品処理をする方法はコチラ

 ☆注意4☆ 国内に帰れる日数に制限があります。海外特別研究員の給与は、海外滞在費なので、理由がなければ帰国した分だけ減額されます。また、一時帰国する際は、毎回書類(教授の署名入り)の提出が必要です。著名な教授は多忙であり、同じ大学にいても月に1度すら会えない方もおります。海外特別研究員の書類の多くに、直筆署名が必要なので、必要書類は早めに目を通しておいた方が良いです。

 ☆注意5☆ 休日の定義がありません。現地の休日に合わせて休暇を取るべきか、土曜日なら休んでもいいのか、どの程度長期休暇をとっていいのか、などが不明です。現地では、土日は装置が止まっていたり、日本と同じように働くことで「働きすぎだ」と怒られたりします。現地の生活スタイルに合わせて、良い関係を築くことも大事です。ムリをしないように。

 ☆注意6☆ ビザを各自で取得する"責任"があります。米国に行く際は、J1ビザになると思いますが、2年間の居住制限や24 month barsといった縛りがあるので、応募前に要確認です。米国でも申請手続きに1~2か月かかります。在日フランス大使館は時間がかかるので、早めにビザ申請することをお勧めします(噂では在米フランス大使館の手続きは早いそうです)。ドイツとスイスは、現地申請が可能です。ドイツは婚姻証明のアポスティーユ(日本の外務省発行)が必要なときがありますが、スイスではそれも不要です(スイス国内の日本領事館の英語訳で可)。イギリスの場合(Tier5) の申請手順を記載しておきます。
 1.学振の採用証明書を派遣先大学の事務に提出
 2.派遣先大学からCoS Numberを取得(約1か月)
 3.オンラインビザ申請
 4.英国大使館に書類(CoS numberと資金証明(>£1000、>3か月))を提出
Tier5の派遣期間は最大2年間です。客員研究員は2年間で£3000以上の支払いを大学に求められることがあります。

学振は研究者の味方です。研究者が良い研究できるように、学振側はとても柔軟に対応してくれます受入先の変更やテーマ変更など。ここに書いてあることも含めて研究者が困っていることがあれば、既に対策がとられているかもしれないので、ここの内容を読んだだけで諦めずに、学振に問い合わせてみてください。(注意2を含む多くの事が改正されたようで、よかったです。昔に比べて思う存分研究できますね。ありがとう、学振!)

海外生活情報:
日本学術振興会サンフランシスコ研究連絡センター


【米国滞在におけるビザ問題】
海外特別研究員の修了後、就職先として海外に残るという選択肢があります。ポスドク、テニュア、海外企業など。しかし、ビザだけは要注意です。皆さんの多くはJビザだと思います。Jビザは、米国で得た経験を日本国内に還元すること、つまり日本への帰国が前提となっています。米国に滞在し続けるには、3つの選択があります。(A)Jビザの延長、(B)H1Bビザに乗換、(C)グリーンカード取得です。

(A)Jビザは、最大5年間まで延長できます。ただし、一度期限が切れてから再申請する場合、海外学振で2年間米国に滞在された方は、24 month barsに引っ掛かるため、期限が切れてから2年間は再申請できません。正確には、米国大使館はJビザの再申請をいつでも受け付けてくれるのですが、再申請に必要なDS2019を、米国の大学側が2年間再発行できません。2年間、米国以外の国であれば、日本国外にいても問題ありません(2年間の居住制限もかかっていれば別)。上記を理由に、Jビザの再申請ではなく、延長の申請をする必要があります。

(B)H1Bビザを取得したい場合、Jビザにかかっている上記の制限を取り消す必要が出てきます。Waiverと言いますが、Jビザ自体を棄権することになりますので、Waiverの申請をしてしまうとJビザの再申請ができなくなります。米国企業の就職自体は、申請から採用まで1か月程度で終わりますが、waiverの申請には数カ月かかるので注意が必要です。採用が決まりそうであれば交渉して、企業の採用とボスにポスドク契約を延ばしてもらうのが一つです。

(C)Natureなどに出していればOビザに挑戦するのもひとつですし、10本以上の論文と総じて100回以上の被引用件数があり、推薦を頼める者が8名以上いる方なら、グリーンカードを申請するのもひとつです。一般的には、採択されるまで最低半年はみておいた方がいいので、米国で働きたい場合はなるべく早くグリーンカードを申請しましょう。そこまで業績がない方は、毎年くじ引きでグリーンカードを貰えるチャンスもあるので、滞在中にダメもとで申請しておくのもいいかもしれません。また、Oビザは3~4か月で取れ、JビザのWaiverも不要です。Jビザが切れそうな際、就職先に相談してまずはOビザを取得し、そこから時間をかけてH1Bビザやグリーンカードを申請する、という方法もあります。

ちなみに、Jビザの場合、non-residentとして扱われるため、多くの人が2年間税金を払う必要ありません。確定申告は3月頃から始まりますが、日本からのみ給与を貰っている人は8843の書類だけ提出すれば問題ないです。奥さんとは一緒に封をせず、別々に出した方がいいそうです。しかし、TAなどをして米国大学から給与を貰ったり、奥さんが米国で働いていたり、途中でH1Bビザに切り替えたり、Jビザでも3年目に突入していると、米国に所得税を納めていることになるので状況が変わります。還付を受けるための1040NRや大学が発行するW2も一緒に出す必要が出てくるし、健康保険や州の税にも影響してきます。米国銀行の利息がある場合は1099INTも必要になります。個人個人によって状況が違うので、詳細は大学もしくは税理士に聞いてみてください。

研究者の長期海外出張中の納税義務:宇宙線実験の覚書
米国の税金について詳しいサイト: 若菜雅幸さんのサイト
どうしても税理士に頼りたくないなら:TurboTax


【海外特別研究員修了後の就職活動】
基本的にはJビザ修了後に米国企業に就職することは困難です。就職活動時にビザがJというだけで、結構撥ねられます(5年以上の長期滞在を計画している場合、最初からH1Bの可能性を探ってみてください)。海外渡航者にとってビザは大変大きな問題ですが、最初から諦めるのはよくありません。やりたい仕事があれば、とりあえず応募してみてください。上記の(C)のような方法で、就職先の弁護士がビザの問題を解決してくれるかもしれません。ボスの所有するstart up企業に就職した、ボスにそのままポスドクとして雇われた、米国でテニュアを取れたことでJからH1Bに切り替えたと言う話もあります。また、欧州は、米国のようにビザ制限が厳しくありません。例えば、linked inでドイツ企業を見つけ、応募して採用されればすぐにドイツに行き、現地で労働ビザ申請できます。

就職活動で日本国内に戻る場合は、帰国申請手続きが必要であるし、旅費も自腹になります。企業就職であれば、面接費用や引越費用を負担してくれることが多いです。ポスドク後はキャリア採用になり、申請から採用まで3~4か月かかります。日本企業で4月採用を目指すのであれば、前年の12月までに就職活動をする必要があります。上記の状況を考慮すると、ポスドクの契約期限が喫緊に迫っている方は、欧州企業が有力になってくるかもしれません。

米国での就職活動情報:MIT研究者の就職活動記録
 欧米アカデミック:9~12月ー公募、1~3月ー面接、4~6月ー交渉・採用
 日本アカデミック:5~7月ー公募、8~10月ー面接、4月ー採用
 欧米企業:随時公募、応募から採用まで約1か月
 日本企業:随時公募、応募から採用まで約3か月