2015/07/03

大学教授になるには?

【はじめの一歩】
教授になるには、まず第一に、最終学歴として博士号を取得しなくてはいけません世界水準でみると、博士を取ってこそ優秀の証です。米国では、多くの人が博士を取りたいのですが、教授が優秀な人材しか博士に進ませないため、結果的に、企業も優秀な人材欲しさに博士を積極的に採用するという構図になっています。残念ながら、今の日本企業は、博士の能力を最大限引き出せる環境を整えられている場合が少なく、あまり博士卒者が重宝されていません。終身雇用制であることもあり、スキルよりも年齢の方が重視され、修士卒者で満足なようです。しかし、今後、もし年齢よりもハイレベルなスキル・理解・知識が必要な製品開発を重要視する時代が来れば、日本でも博士卒者が重宝されるようになる可能性はあると思います。

そんな博士卒者の中で、世界で初めての成果を出したい人や物事の本質を知りたい人達が、企業ではなく大学や研究所に就職します。研究のみに専念したい人は研究所の研究員を、学生教育にも興味のある人は大学教員を目指します。しかし、これらの研究職の枠が狭いために、非常に競争が激しくなっています。誰よりも勉強や努力をしてきたとか、名門校出身とかは関係なく、研究結果が全てです。スポーツや芸術の世界と似た状況と考えると良いかもしれません。競争社会であるため、多くの研究職は任期制を取っており、2〜3年で次のポストを決めなくてはいけません。アカデミックのポストに拘りすぎると、職を転々とし続けているうちに、精神がやられる可能性もあります。

大学教員の仕事
ポスドクからポストポスドクへ(円城塔)
弦理論研究者のその後(Tachikawa)


【日本のアカデミック就職】
採用側は公募を募りますが、基本的にコネです。コネこそ安心安全で信頼が得やすいからです。しかし、コネをつくるのは簡単ではありません。ゴマをすっていてもコネはできません。まず優秀でなくてはなりません。学会発表や論文には、全て気合を入れてとりかかりましょう。忘れてはいけないのは、アカデミアポジションは大きなjumpをしようとしないことです。確実にステップアップしていく道を模索してください。caltecの大栗先生のような職歴は、狙ってなれるようなものではないです。

・まずは助教になろう!
コネがあっても、周囲を納得させられるだけの審査基準を満足している必要があります。助教の審査には、研究業績・教育暦・取得科研費などが見られます。大学で勤務するにせよ、国立研究所に勤務するにせよ、日本では足きりとして論文数が使われることがあります。20代の若手研究者は、まずは第一著者の論文数に重点を置いた方がいいです。もちろん、最低限の質は維持しなくてはなりません。研究者として信頼性を損なうし、特にアメリカのPIも考えている人は質のほうが大事になります。

IFの高い論文と質の高い論文

助教の場合、過去5年間の第一著者の論文数が最重要となります。学生時に筆頭論文数を稼げなかった人は、助教の前にポスドク(PD)になることをお勧めします。最近ある特任助教、特定准教授は、名前にprofessorがついてますが仕事はPDと類似です。特任職は、PDよりも給与が高くなりますが、多数の学内業務をしなければいけない(研究に専念しづらい)場合もあるので、事前に雇用条件を聞いておきましょう。個人的には、海外PDをお勧めします。学生の研究を手伝う必要がなく、自分のプロジェクトに専念でき、質の高い論文を多数書くことに集中できます。また、PDは独立した研究室運営のための準備期間であるため、マネージメント方法を指導してくれる教員もいます。PDは生活が不安定な時期ですが、研究者としてはポジティブな経歴です。博士課程からすぐに助教になるよりも、一旦PDとして外部で修業したほうが、視野が広がり、将来生きてます。学内の仕事(試験監督、講義、各種委員)もありません。ただ、何度もPDを重ねることはお勧めできません。欧米では、同程度の業績の場合、PDを何年も重ねているほうが審査にマイナスの印象を与えるそうです(日本では不明)。また、海外に行くと日本のコネが掴みにくくなるのは事実です。定期的に帰国して大学や研究所でセミナーをするか、国内の大学と共同研究をするのがいいと思います。業績がある場合は、卓越研究員やテニュアトラックのような募集が狙い目です。コネの必要性がなくなります。

海外のポスドク先を見つけるには
テニュアトラック助教のラボ立ち上げ

応募者は皆優秀なので、業績ではあまり差がつかないかもしれません。その場合、大学院は、研究や学生を教育する場なので、科研費獲得や教育の経験も見られます。また、自立した研究者を募集している場合(大抵はパーマネント)は、「なんでもできる」と受け身のアピールをするよりも、「これをやりたい」と積極的に言う方がいいそうです。一方で、パーマネントではなく任期制の教員の場合、大学が重点を置いている専門性との合致も大事です。Jrec-inなどで様々な公募内容を見て、どういう能力が求められているかを予め知っておいた方がいいでしょう。新規プロジェクトを立ち上げる際には、教授の持っていない技術が必要になるので、特任助教の場合、実験能力・技術も評価されることがあります。

Jrec-in

・講師、准教授を経て教授へ!
日本のアカデミックポストは、空きがでるかどうかが運次第です。30歳を超えて助教になれなくても巡り会わせが悪かっただけかもしれません。しかし、転職のlimitである35歳の前に、研究以外の道に進む、もしくは企業就職の道も検討されることを強く推奨します。どうしても諦めたくない!アカデミックで研究したい!のであれば、35歳までの間、海外のアカデミックポストにもガンガン応募してみてください。日本の大学給与は、年功序列企業と同じく勤続年数に大きく依存しますが、目安として、助教で400万円、講師で600万円、准教授で800万円、教授で1000万円程度です。

国立大学助教の給料(宇宙線実験の覚書)
日本の大学教員は高額所得者か?

一つの目安は、30歳で助教、35歳で講師、45歳で准教授、55歳で教授です。逆算すると、論文の本数は毎年1報計算で、助教で5報、講師で10報、准教授で20報、教授で30報になります。順調な方は35歳で准教授、45歳で教授であり、先の基準で行くと年2報となります。分野や大学によりますが、テニュアトラックポジションや研究所の正規職員審査の場合、毎年2報以上の筆頭論文を求められることがあるようです。素早く良い論文を執筆する練習を学生の時からしておきましょう。

俺たちはあと何本論文を書けば東大教授になれるんだ(ぶひんブログ)

昇進のもう一つの目安は外部資金(研究費)の獲得です。助教・講師で若手研究や基盤C(年100万円)、准教授で基盤B(年500万円)、教授で基盤A(年1000万円)です。学術振興会以外の研究費(NEDO、JST、財団の助成金、企業など)でもいいので、相応の予算を獲得していて、尚且つコンスタントに論文が出版されていれば、昇進が見えてくるでしょう。助教も今や任期制で3〜5年、その後更に延長して5年くらいです。できれば、「基盤B」や「さきがけ」などの500万円以上の研究費をとって、パーマネント職(講師か准教授)にステップアップしたいところです博士課程の学生が「さきがけ」を取った例もあるそうなので、どんどんアイデアを出して、臆せず高額の研究費にチャレンジしていきましょう。ただ、大きな研究費を取るには、それに相応しい業績や研究環境が大事です。助教になったら、まず、科研費(若手や基盤C)だけでなく、企業との共同研究や財団の助成金にもできるだけ応募して、優れた成果を出せる研究環境を少しずつ整えます。自力で研究室を運営するために、やはり基盤B程度の予算は欲しいです

日本と海外の科研費

准教授の頃には、共同研究なども増え、論文数は、もはや数えるのが面倒なくらいあるかもしれません。他の准教授と少しでも差をつけるためにも、より高いインパクトや質の論文を増やし、その業界でリーダー的存在になりましょう。准教授はパーマネント職です。論文が出ないことを焦る必要はありません。研究環境とアイデアが揃っていれば、natureなどの高いインパクトのある論文やノーベル賞に繋がるような研究に挑戦しましょう招待講演に呼ばれ、基盤Aレベルの研究費を取れるようになったら、教授への道が開けてくるでしょう。

教授になるには、もちろん業績、研究予算、教育経験が最重要ですが、面接時には学科にどう貢献できるかを求められることがあります。「国際共同研究強化Aの予算を獲得しており、本大学と海外の大学との連携を強固にしていく」とか「産学連携に重点を置き、多数の企業からなるコンソーシアムを構築することで本大学に多くの予算を落とす」とか「これまでNatureに数本載せており、これからもTop10%論文数の向上や本大学の業績アピールに繋がる」といった感じです。大学運営側になるので雑用が膨大になりますが、数億円・数十人規模の国際的な大型プロジェクトを企画するようにもなるので、自分にできる幅が一気に広がります。日本なら校費ももらえるし、学生も一定数確保できるので、自分のやりたいことが好き放題できるはず!楽しいに違いない!

日本の大型予算の決まり方(元木一郎)


【海外のアカデミック就職】
日本と違い、助教でも研究主宰者(PI)であるため、自分自身が手足を動かして実験する、研究者の延長という意識では採用してもらえません。お金をどうやって取ってきて、学生を何人雇用して成果を出していくか、といったマネージメント能力の方が高く求められます。海外企業も同様で、博士卒者にはマネージメント能力が求められるため、海外で活躍するには、ポスドクや学生の間から、マネージメントについて意識や練習をしておいたほうが良いです。応募書類の書き方はコチラ

日本よりもアメリカの方がアカデミック職に枠が多いですが、競合相手は世界なので、水準は高いです(競争の激しさとしては、米国>欧州>日本)。欧米では、phDをとったら、教育専門の助教もしくは研究型のテニュアトラック助教に応募します。9月頃に応募が始まり、1月頃から面接するケースが多いようです。大学は、条件に合う人が見つかるまで応募し続けます。教員公募が出ていれば、とりあえず出してみましょう。

海外PIのすゝめ
テニュア職獲得までの道のり

・教育型か研究型か?
教育型は授業の負荷が大きく、給与・研究費の割り当てが低いです。その代わり、長く雇ってもらえます。研究型は、授業の負荷が少なく、給与や研究費も高く(数千万円)、テニュア獲得後にはパーマネントで採用されます。しかし、テニュアを獲得するには非常に厳しい審査があり、3年程度で獲得できずにバイバイという可能性があるので、教育型に応募するか研究型に出すかは慎重に考えたほうがいいです。

テニュア獲得には研究成果が見られ、短期間に優れた研究成果と研究費の取得が求められます。テニュアを取れるかどうかは、大学や分野によって違い、20%~80%くらいと聞きます。欧州の大学では、いかに大きい予算(できれば億単位)を取ってくる、がテニュア獲得への道になります。あと、競争の激しいアメリカでPDなりphDなりを経験している方が優位な傾向にあります(東大・京大なんて海外の人は誰も知らない)。natureに5本出していようが、テニュア期間中に研究費が取れなくてはscientistどまりになってしまう場合もあるようです。

分野によりますが、米国では、テニュアトラックの応募時点での倍率は100倍以上あり、申請自体に通るのも簡単ではないです。 応募時に書かれていなくても、同大学でポスドクや学生の経験があると、撥ねられることがあります。業績が少ない、もしくは希望のポストが空いていない場合もあるので、テニュアトラックに応募する前に、5年ほどPDで修行する人が多いです。審査時には、過去の論文から3件ほど自ら提出するか、無作為に抽出されます。どの論文が引っ掛かかってもいいように、常に質の高い論文を書くことを心がけておいた方が良いです。

Harverd助教になるには何本論文を書いたらいい?

・審査には何が見られる?
教員応募時では、業績やCVよりも『教授の良い推薦書』、つまり欧米でもコネが大事です。日本との違いは、推薦書を3~4名分求められることです。指導教員以外の推薦書が必要になるため、学会や共同研究などでのネットワークの広さが関連してきます。国際会議や海外派遣、共同研究を通じて、学生やPDの間に国際的なネットワークを広げておく必要があります。推薦書は、これまでにPIを多数輩出している著名な教授の下で働くのがベストらしいです。そこでできる人脈(多くの卒業生が他の大学で教員になっているため)も影響力が大きいのですが、その研究室に入ること自体が難しい。ノーベル賞クラスの研究をしている研究室は、その分競争が激しいです。日本で学位を取った人が著名な研究室のPDとして雇ってもらうには、まずは、他のアメリカの研究室でPDとして雇ってもらい、優れた業績を積むのが一つです。他の研究室といっても、まれに研究所の管理者が、教授ではなくscientistである場合があるので、PD申請時に注意が必要しましょう。他の方法として、fellowshipを取ってくることが挙げられます。PDの応募が通ればgrantに申請することを検討し、ボスと相談してみてください。現地のgrantを書く練習をしておくと教員採用後にかなり助かります。

人を推薦するにあたって

審査として、プレゼン能力も大事です。文字だらけのスライドを読むだけの発表は、アウトです。国際会議のプレナリーやTEDの発表を参考にすると、良い評価を得られるかもしれません。審査には、学生からの評価も見られたりします。学生の前で授業したり、学生と一緒にご飯を食べたりして、教員として相応しいかが見られます。研究一直線でなく、いろんな国の人との人間関係も築けないといけません。大学側も数日の間に数億円の投資先を決めることになるので必死なことは確かです。面接で感触が良くても、それ以外の態度が不満でお礼連絡が来たりします。飛行機で降り立った時から、飛び立つまでずっと審査対象になるようです。こんなことを言ってはおしまいですが、最終的にはその部門の教授達との相性で決まります。これだけは応募者は対策が打ちようがありません。どれだけ業績がすごくても、プレゼンが素晴らしくても落ちるのです。凹んでてもしかたないので、さっさと次に応募しましょう!

MITポスドクの就職活動記録

・ちょっと待って、サインする前に!
テニュアで大学に雇われる際、企業と同じく交渉できるので、自分の力を最大限発揮できるように、家族も安心な生活を送れるように、しっかりと給与や福利厚生について話し合いましょう。テニュアトラックの期間は何年か、給与(9か月分)をいくらもらうか、スタートアップ研究費をいくらもらうか、学生を何人指導するか、授業をどれだけもつか、住宅手当、引越手当などなど。大学側が求める授業の負荷が大きい場合は、自分の給与はgrantから補填できるので、給与や研究費を減らすことも交渉方法の一つです。実験部屋の大きさや実験環境も交渉時にしっかりと確認しておくと良いでしょう。

海外就職での交渉術

応募する際は、何十件も出せるだけ出して、面接が被らないように日程調整します。旅費や滞在費は、全て大学がサポートしてくれます。1件だけなら仕方ありませんが、2件以上からオファーが来た場合は、正直に採用条件を他大学に伝えます。〇大学は、給与が高い、研究費が多い、雑用が少ない、などを△大学に伝えれば、△大学がもっと良い条件を提示してくれるかもしれません。それを再度〇大学に伝えます。相手にも都合があるので、なるべく早く伝えましょう。交渉は、釣り上げるだけ釣り上げてやろうとは思わず、自分が満足が行く段階に達したらすぐに了承してください。こういった交渉を日本の大学でやっても効果がないだけでなく、心象を悪くさせるだけですが、米国では普通のことです。

アメリカ暮らし(川崎雅司)

・採用後は?
テニュアトラックの試験期間は3〜6年間で、その間に論文を書くのはもちろんですが、研究費を取ってくる(自立して研究できるようになる)ことが不可欠です。1年目に装置の立ち上げと研究員の雇用、2年目に結果を出して論文を出版、3年目に論文を元に研究費を獲得するという流れになります。3年目の終わりにコメントがあり、この時点で少なくとも論文が出ていないと次の職探しをすることになります。途中で破断してしまうと大学側にも負担が大きいので、積極的にサポートしてくれます。

研究費申請書の書き方

なるべく早い段階で研究室を立ち上げなくてはいけないので、例えば11月にテニュアトラックとして採用が決まり、1月から勤務する場合、この3ヶ月の間に必要な実験装置を決め、ポスドクやスタッフも公募しておくようです。3年間で一から始めて結果を出すには、いかに優秀でよく働くPDやスタッフを雇えるかが、テニュア獲得の生命線になります。面接時に大げさにアピールしてくる場合もあるので、短期間に焦って採用するのは禁物です。

米国では助教もprofessorであり、独立したラボ運営者(PI)となります。大学の仕事はあっても、教授から仕事が降ってくることはありません。頭を使う、研究をすると言う点では、日本よりも圧倒的に環境が良いです。テニュアトラックを経て、審査に合格すれば、准教授、教授となります。首になることもありません。一度テニュアを獲得すれば、他の日本の大学などに移っても、また戻ってこれますが、テニュアは大学との雇用関係なので、A大学でテニュアをとっても、B大学では雇われません。新たな審査が必要です。

日本では、教授になっても百万円以上の校費が大学から毎年支給されます。欧米では、スタートアップ資金として数千万円程度もらえますが、最初だけです。教授になっても自分でgrantを取り続けないと、学生も雇えないし研究もできなくなります。しかし、アメリカの教授の給料は、日本よりも高く、待遇・研究環境もいいです。おおよそですが、テニュアで年収1000万円、教授で2000万円程度。日本で教授を退官してから、米国の教授(定年のないポスト)になる方もいます。そして、いい成果を出していると、その3倍の給与を提示されて、他の大学からヘッドハンティングされることもあるでしょう。

アメリカ教授志望の人にお勧めの本:
プロ研究者への道
Making the Right Moves