2016/05/17

欧米大学で実験する際の諸注意

【留学期間】
日本の大学にいて、短期間だけ留学する方も多いかと思います。留学すると、家のインフラだけでなく、大学のセキュリティや装置のトレーニングなどで、準備に数ヶ月かかる場合があります。留学先で結果を残し、論文にしたい場合は、事前にテーマをしっかりと考えて留学期間と派遣先を決めることをお勧めします。ここでは、半導体プロセスの場合を一例に挙げておきます。

欧州は日本に似て各研究室が研究装置を持っているので、共用の大型クリーンルーム以外はすぐに使用できます。同じ研究室の学生やスタッフから使用許可をもらえるので、1ヶ月もあれば十分に実験装置を使うことができるでしょう。結晶成長装置も使用経験があれば、注意事項だけで終わると思います。米国は事情が異なります。評価装置のみなら2週間でも十分ですが、結晶成長なら最低1ヶ月、クリーンルーム内でのデバイス作製なら最低2ヶ月は確保しておいたほうが良いです。

短期間の滞在でも、なるべく多くの成果を残してほしいので、注意点をまとめておきます。ビザの手続きが滞っていても、大学での実験トレーニングは進められるので、同時並行させることをお勧めします。一例として、MITのMTLクリーンルーム(外部サイト)の場合を記載しておきます。

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1.秘書さんに会って、オフィスと建物の鍵をもらう(当日で可)
ビザ発給時に連絡を取っていると思うので、渡米前に面会予約をしてしまいましょう。
2.MITのIDカードを入手(当日で可)
秘書さんが事前にMITのID番号を登録してくれているはずなので、Student centerの地下に行き、写真を取ってカードを受け取ります。大学によっては、このIC付きIDカードが実験室の入室に必須になるので早めに取っておきましょう。
3a.ボスと研究テーマについて具体的な話し合い(数日)
米国の教授は多忙な方が多く、30分の面会時間を確保するのに数週間待つ場合があります。早めにボスに連絡しておきましょう。これまでの研究内容・専門のスライドを1ページ、MITで行う研究アイデアについて1ページにまとめておくと、一度の面接で研究テーマを決められるかと思います。面会が2度必要な場合、テーマが決まるまで1カ月かかることもあります。テーマが決まれば、必要なものを発注・準備します。ピンセットや専用ケースなど。特に、試料の発注には1か月ほどかかるので早めに。
3b1.PC、ネットワーク(email)の設定(数日)
テーマが決まるまでにできることが3bです。渡米前に秘書さんがMIT ID番号を教えてくれるので、日本からでも事前にemailの設定(外部サイト)ができます(セキュリティが厳しく結構面倒です)。emailやネットワークの登録に、自分の電話番号や住所が必要な場合があります。設定ができたら、outlookのログイン(外部サイト)にメルアドやパスワードを入力すれば、mitのメルアドが使えます。MTLではMITのemailがないと、クリーンルーム入室の登録ができません。家のインフラは早めに整備したほうが良いです。
PCは秘書さんが手配してくれるはずです。PC起動のログインとパスは、MIT emailと同じです。
3b2.e-learning、スタッフによる安全講習(数日)
MUMMS(外部サイト)のメンバー登録を行います。クリーンルームの利用費にどの研究費を使うか、秘書さんもしくはボスに聞いて下さい。
安全講習をe-learningで受けます。受講するには、上記のMIT emailが必要になります。かなり多いので、適当にやらない限り2日ほどかかります。クリーンルームの使用経験がない場合、授業を受ける必要があります。以前に使用経験があれば、スタッフと話し合い許可が出れば書類にサインしてもらいます。スタッフがバケーションを取ることもあるので数週間かかることも。
4.クリーンルーム入室許可手続き(~1週間)
テーマが決まれば、実験のプロセスフローを作製します。どの装置をどの程度、どういった流れで使用するか、具体的に書きます。その計画書を提出し、毎週金曜日に行われるスタッフ会議で許可が下りれば、ようやくクリーンルーム入室用のカードが貰えます。
5.化学薬品使用許可と各装置のトレーニング(1日~)
発注した試料が届けば、提出したプロセスフローの通り、トレーニングを受けます。
HFなどの危険物は、その使用方法について特別なトレーニングが必要です。装置のトレーニングは、希望者が集まり次第行う場合があるので、早めに連絡しましょう。希望者が少ない装置では、個別に対応してくれます。欧州では、同研究室の学生に教えてもらえば使って良い大学もありますが、米国ではスタッフの許可が必須です。
その他
EBL、SEM、TEMのような真空装置は、最低2回のトレーニングが必要な場合があります。混雑している装置では、予約が2週間後まで埋まっていたりします。MBEやMOCVDは、猛毒ガスや金属汚染のe-learningと、病院への提出、ガスマスクや白衣の配給のため、10日程必要な大学もあります。
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上記は最短日数です。装置だけでなくスタッフも共用であることが多く、忙しい彼らを捕まえるのに数日かかる場合があります。スタッフに依頼をしてから実際にトレーニングをしてもらうのに数日かかります。スタッフが長期休みを取っていたり、ボスが出張でいなかったりすることも多々あります。ピンセットやビーカーなどを揃えるのにも結構時間がかかります。メンター(テーマの近い学生)がいなくても、英語が苦手でも、ドンドン自分から周りに聞きまくりましょう。

大学によっては全ての装置に対して、トレーニングを受けた後にボスのサインが必要な場合があります。多忙なボスから使用許可のサインをもらうのに数日かかることがあります。「あの装置を使いたい!」と思ってから単独使用できるまで1ヶ月くらいかかることがあるので、事前に使用装置を全てリストアップして、早めにトレーニングを終わらせてしまいましょう。まとめてサインしてもらうのも手かと思います。一方で、あらかじめレシピを提出し、決められたレシピ通りでないとトレーニングを受けさせてくれない場合があります。派遣先に適した効率のよい方法を考えてみてください。

 ステップ3aで半年かかった、という日本の社会人を聞いたことがあります。多忙なボスでも、プッシュしまくりましょう。コツとしては、ボスがメールをよく見る時間に送ります。金曜日の夜や日曜日の朝など。基本的に、月から金に送っても、学生・ポスドクのメールに対する返信は後回しにされることが多いです。サインだけもらいたい場合は、突然のオフィス訪問より、登校時か、授業終わりを待つのが良いと思います。

米国では大量のe-learningが待っています。覚悟したほうが良いです。授業や火災訓練に参加する必要がある大学では、早めに予約しましょう。専門のスタッフに連絡を取り、クリーンルームの使用について教えられます。英語初心者には結構キツイので、分からないときは友人に同行してもらいましょう。

(補足) 欧米のクリーンルーム使用料は、一人年間400万円前後です。企業の人でも、一月間数十万円払えば、MITやハーバードのクリーンルームを使えるということです。start upに便利だし、自分の大学や研究室に装置がない場合にも気軽に使えて良いです。


【文化の違い】
最初は、日本と欧米の文化の違いに戸惑うかもしれませんので、注意点を記しておきます。渡航前に見るといいかもしれません。

やりたいこと、アイデア、困っていることを積極的に伝える
役所も大学も、何をしてほしいのかを言わないと動いてくれません。研究でも、何に興味があるのか、これからどうしたいのか、ガンガン教授に話してください。言わないと、ただ放置されるだけです。日本人は、教授を尊敬して忙しそうな教授に連絡を取るのをためらったり、言いたいことを我慢しがちです。気にせず、ガンガン言うかどうかが、充実した研究生活につながります。
参考サイト:When a Chinese Ph.D Student Meets a German Supervisor(第3章)

自分と違うフィールドも、批判せずにまずはほめる
政治や野球、仕事の話など、喧嘩になりやすい話題もありますが、議論は大歓迎です。彼らもよく食事中に政治の話をしたりします。気をつけたいのは、相手を批判した話し方です。「民主党は●●だからダメ」というのではなく、「民主党も○○でいいけど、自民党は▼▼でもっといい」という話し方にしましょう。キリスト教の方に対してでさえ「私は神を信じない。日本人は皆そうだ」と言う人がいます。年末年始にお参りしませんか?困ったときに「神様お願い」とか言いませんか?もし本当に神を信じていないとしても、とても失礼なことなので、相手の宗教を否定するのは絶対にやめてください。冗談を言うときも、他人のバカ話ではなく、自分の失敗談のほうがウケます。

日本人の礼儀正しい姿勢は高く評価される
基本的な人間関係は日本と同じです。ちゃんと挨拶して、ありがとうやごめんなさいをしっかり言える方が、信頼関係を築けます。文句や相手の批判ばかり言っていれば、人が遠ざかっていきます。たとえ英語が苦手でおとなしくても、人に優しく、明るく、ニコニコしている人の方が、友達がたくさんいます。

文化が違うと、不満もたまります。例えば、「部屋の修理に来たスタッフが靴を脱いでくれない!!」という不満を聞きますが、契約状況によっては、スタッフが怪我をしないために靴を脱いではいけないこともあります。怒らず対策を立てる方が賢明です。日本ほどしっかりと教養を受けていない場合もあり、英語がいくら話せてもストレスがたまることもあります。それも含めて異文化なので、いらいらせずに、楽しんでしまいましょう。